宮崎地方裁判所都城支部 昭和41年(ワ)68号 判決 1967年2月24日
原告 天水辰雄
被告 東洋興業株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告は原告に対し、金二〇七、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因としてつぎのとおり述べた。
「一、原告は宅地建物取引業法による登録を受け住居地に事務所を設けて不動産取引仲介業を営むもの、被告は製材業を営むものである。
二、昭和三八年六月二五日都城市大字川東字榎原四、七四五番一宅地五二〇坪五合八勺外五筆、建物一八個(以下本件不動産という)につき、売主被告、買主訴外野崎輯、代金六九〇万円とする売買契約が成立し、同日買主は売主に対し契約手付金一〇〇万円を交付し、同年八月未日残代金全額が支払われた。
三、右不動産売買取引に関し、原告は売買当事者双方の依頼によつて仲介人としての業務に従事し、双方の意思の伝達、不動産上の抵当権抹消(原告が被告会社代表者と同道して抵当権者と交渉した事実もある。)、代金値引の交渉、商法第五四六条に定める契約書の作成(原告は立会人として記名捺印した。)と当事者に対する交付、代金の決済、物件の引渡、所有権移転登記手続等一切の事務につき、仲介人として何ら過失なくその責任を果した。
四、不動産取引業者が取引の仲介によつて受けることのできる報酬の最高額は、宅地建物取引業法第一七条第一項、昭和二七年宮崎県規則第四八号「宅地建物取引業者の報酬等に関する規則」、昭四〇年建設省告示第一、一七四号「宅地建物取引業法の規定により宅地建物取引業者がうけることのできる報酬の額」の定めるところによつて、取引金額三〇万円まで一〇〇分の六、三〇万円をこえ一〇〇万円まで一〇〇分の五、一〇〇万円をこえ三〇〇万円まで一〇〇分の四、三〇〇万円をこえる金額については一〇〇分の三とされている。
そこで原告は被告に対し、昭和三八年九月一三日郵便をもつて、右最高額以下である取引価額に対する一〇〇分の三すなわち金二〇七、〇〇〇円の報酬金を、同月二〇日までに支払うよう催告し、右郵便物はその頃被告に到達した。
五、仮に原告の本件仲介につき被告の依頼がなかつたとしても、本件売買契約成立により原告は被告に対し報酬請求権がある。
よつて原告は被告に対し、不動産取引仲介業務に対する報酬金二〇七、〇〇〇円およびこれに対する取引終了後で原告請求後である昭和三八年九月二一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
被告会社代表者は主文同旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。
「請求原因第一、二項および第四項中原告主張の郵便物を被告がその頃受取つた事実は認めるが、第三、五項の事実は否認する。被告が原告に本件不動産取引の仲介を依頼したことはなく、当時被告は原告の職業すら知らなかつた。原告が被告会社代表者と同道して抵当権者と交渉したり契約書に立会人として署名したりしたのは、買主の代理人または買主側の仲介人もしくは立会人としてなしたのであり、被告側に仲介人がなかつたからこそその点を考慮して金一〇万円を値引し契約が成立したのである。抵当権設定登記抹消登記手続については、被告会社使用人が司法書士に依頼してなしており、その費用は被告会社が直接支払つている。また本件不動産中榎原四、七五二番三宅地二四坪六合四勺の所有権移転登記は和昭四一年八月三日になされたもので、原告はこれに関与しておらず、昭和三八年当時に本件取引に関する事務が一切完了していたわけでない。よつて被告に報酬金支払義務はない。」
証拠<省略>
理由
請求原因第一、二項の事実は当事者間に争がない。
成立に争がない甲第一、三号証、乙第一号証、第三ないし第七号証、証人野崎輯、同成田勲、同木村文夫の各証言、原告本人、被告会社代表者本人の各供述(以下認定に反する部分を除く。)によれば、訴外野崎輯は、昭和三八年初め頃被告会社出入の集材夫訴外飛岡伝を通じて本件不動産が売りに出されていることを知り、被告会社代表者と直接会つて代金は六五〇万円程度とすることおよび被告側からの申出により取引には仲介人を入れないことを話合つていたが、代金の都合がつかないでいるうち同年五月頃かねて知り合いの原告に対し、本件不動産を買受けるについて担保付物件であることからその損得、資金調達等を相談するとともに右買受交渉に尽力するよう依頼したこと、原告はこれを受けて本件不動産の調査をした後右野崎および被告会社代表者と同道して抵当権設定登記抹消のため抵当権者と交渉する席に立会い、本件契約成立に際してはあらかじめ準備した売買契約書用紙に売買当事者に代つて必要事項を記入し立会人として自ら署名捺印した上買主売主に各一部ずつ交付し、所有権移転登記手続については区画整理の関係で即時登記のできなかつた土地一筆を除き同年八月末頃野崎とともに司法書士方に赴いてその手続方を依頼し、右手続終了後野崎より報酬として金一三万円を受領したこと、被告会社代表者は、当初取引に仲介人を入れない旨話合つていたのに野崎が原告を連れて買受交渉に来たことについて野崎に問いただしたところ、野崎が自分の相談相手として原告を連れて来たのに過ぎない旨説明したので、売主側としては原告に取引の媒介を依頼することなく単に買主側の助言者または附添人として原告を取扱い、原告が抵当権者との交渉に立会つたり売買契約書を作成し立会人として署名捺印したことに対しても、買主側の関係者たる原告の自発的な行為として受入れたもので、原告に右行為を依頼したのではないこと、売買価額が六九〇万円となつたのは、被告が当初ほど本件不動産の売却を必要としなくなつたので七〇〇万円に増額することを希望したが、被告側に不動産仲介業者が介在しないことから一〇万円減額したものであること、抵当権抹消登記手続は被告が直接司法書士に依頼しその費用を支払つていることを認めることができる。
証人成田勲の証言、原告本人の供述中右認定に反する部分は採用せず、他に以上認定を左右するに足る証拠はない。
右のように不動産仲介業者が買受希望者のみの依頼により売買の成立に尽力し売買が成立した場合において、仲介業者は何ら依頼を受けなかつた相手方である売主に対し報酬請求権を有するか否かにつき検討する。
不動産仲介業者のする宅地、建物の売買等の仲介はいわゆる民事仲立であつて、依頼者とは準委任関係にあるのであるから、報酬を請求しうるのは当事者より明示または黙示による何らかの委託を受けた場合に限ると解するのが相当である。もつとも不動産仲介業者も商人である(商法第五〇二条第一一号、第四条)から、商法第五一二条による報酬請求権が問題となるが、事務管理に該る場合を除き右規定は当事者の依頼による仲立行為がなされた以上報酬が定められなかつた場合でも相当の報酬が支払わるべきであることを意味するにとどまり、依頼者のためにする行為が反射的にその相手方の利益となるに過ぎないような場合におけるその相手方に対する報酬請求権までも認めたものと解することはできない(最高裁昭和三八年二月一二日第三小法廷判決も当初売主より依頼され、その後買主より再三にわたる値引の交渉方を依頼されて不動産売買の媒介者となつた商人の買主に対する報酬請求権を肯定した事案であつて、依頼のない場合にはむしろ否定的に解される。)。
本件の場合は前示のとおり被告が原告に対し本件不動産売買の媒介その他の行為を依頼したことを認めることができず、また原告の行為が商人として被告に報酬を請求しうるような事務管理に該ると解することもできない。したがつて原告は被告に対し報酬請求権を有しないものといわねばならない。
よつてその余の点を判断するまでもなく、原告の請求を失当として棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 堀口武彦)